
「モテなくてもいい」
「本質を見てくれる女性だけでいい」
「外見とかモテとか気にしない」
──そう言いたくなる気持ち、わかります。
でも、ひとつだけ言わせてください。
それ、“モテてから”言ってもらっていいですか?
モテないことを悟りっぽく語るのって、実はただの強がり。
今回はそんな“モテない美学”の裏にあるリアルを暴きつつ、
「本当にモテないことが問題じゃない理由」もちゃんと話します。
「モテない=別にいい」は、“負けを認めたくない心”の防衛本能
恋愛市場においてモテないという現実は、
誰だってちょっとは引っかかるもの。
でもそれを直視せずに──
- 「モテに価値を感じない」
- 「どうせ上辺だけの関係なんでしょ」
- 「一途な人とだけ付き合いたい」
って言い始めると、もう精神的敗北宣言なんです。
モテる人は「モテなくても別にいい」とは、あまり言わない。
なぜなら、“いつでも選べる”という安心感があるから。
モテることでわかる「本当の自分の価値」
一度でもモテた経験があると、
ある程度、自分の“市場価値”や“魅力”を客観視できるようになります。
- 自分の強み/弱みがわかる
- なぜ好かれたのか、なぜ飽きられたのかも分析できる
- 相手に合わせすぎて自分を見失うことが減る
つまり、モテの経験値は「自己理解ツール」にもなる。
モテとは、単なる数の話じゃなく──
「他人にどう見られているかを知るための重要なフィードバック」なんです。
「モテなくてもいい」は、“逃げ”じゃなく“選択”で言おう
本当にモテなくてもいい、という人は──
- モテようと思えばモテるけど、興味がない
- 一度散々モテて疲れた
- 自分の軸がブレないから、他人に求められなくてもOK
つまり、「選んだ結果」としての“モテなくてもいい”なんです。
一方で、最初から努力もせず、見た目も清潔感も投げ捨て、
「どうせ俺なんて」と言い訳してる人の「モテなくてもいい」は、ただの逃避。
──その差は歴然です。
モテることの価値は、自己肯定感にも直結する
正直、ちょっとでもモテると、
自分に対してポジティブな感覚が生まれます。
- 自信がつく
- 会話が楽しくなる
- 姿勢や表情も変わってくる
- 他人に対する視線も優しくなる
つまり、モテは「人間としての好循環」を生むキッカケにもなるんです。
だから言いたい。
「モテなくてもいい」と言う前に、
一度、少しだけでも“モテる努力”をしてみませんか?
まとめ:「モテなくてもいい」は、“モテたことのある人”だけが言っていいセリフ。
- モテる ⇔ モテない、の話ではなく
- 「モテたことがあるかどうか」は、自己理解と余裕に直結する経験値
「別にモテたいわけじゃない」
──そう言うのは自由だけど、それが“逃げ”になっていないか?は自問すべき。
真にモテる人は、こんな感じです:
「モテたい?別にどっちでもいいけど、モテたらそれはそれで楽しいよね」
──この余裕こそ、本物。
まずはモテに全振りしろとは言わない。
でも、1回くらいは「清潔感・会話力・好奇心」で自分を磨いて、
「ちょっとモテたかも」という体験、してみて損はないはずです。
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